三角文通

文通相手の大学生は、上海大学に通っていて、李さんと言う名前です。

親戚は、内モンゴル自治区にいます。李さんに頼んで、内モンゴル親戚に手紙を書いてもらうことにしました。

まず、最初の手紙は、8年くらい前にもらった手紙に返事が書けなかったことのお詫びと、李さんに翻訳を頼んで手紙が書けるようになったことと、私の自己紹介でした。

彼らが、前に帰ってきたときに、私は会っているのですが、お互いに言葉が通じず、お茶を飲みなさい、お菓子を食べなさい・・・と、あと名前くらいを言ったら、どうしようもなくなってニコニコ笑うのみでした。

言葉の通じない外国人とのコミュニケーションは、用があるときには、身振り手振りで何とかなるんですが、ただ日常のこととなると、言葉がないと難しいですね。

私が、李さんに手紙を書いて、李さんが内モンゴル親戚に翻訳して送り、その返事を李さんに出す。そんな文通を私達は三角文通と呼びました。

向こうからの返事は、また日本に帰国したいことと、厚生省からの手紙の返事を出したが、厚生省に届いているかどうか調べて欲しい、ということでした。

厚生省に電話をして聞いてみると、返事は届いていないとのことでした。

続きは、また明日。では、今晩はこれで。




出会いは人生を変える | コメント(0) | トラックバック(0)2006/12/04(月)11:35

11/23の続き 源氏物語に似た本って、紅楼夢でした。

光源氏の話と共通するような、生まれも育ちも見目形も、何もかもそろった男の人の恋物語です。

と、こんな説明では実も蓋もない・・・。

さて、中国人の学生と日本語で文通を始めてから、まだ間もないころ、田舎に帰って文通を始めたことを母に話ました。

ああ、ほうで・・・といって、母はタンスの方に行き、何か持ってきました。

それは、日付が8年(よく考えたら8じゃなくて12くらいかもしれない)もまえの手紙でした。中国語で書かれており

翻訳が付いていました。翻訳は県の人が付けてくれたようです。

「こんな手紙が来とったんじゃけんど、,が書けんでなあ」

もちろん、中国から帰ってきた祖父の弟の子供さんからでした。

祖父の弟は、第2次大戦が終わったときに、ソ連に抑留されてシベリアあたりで亡くなったらしい。奥さんの方も、満州で病気になってなくなったらしい。

それで、男の子が1人生きていて、その人が帰ってきた人らしいのです。その人にはお姉さんがいて、その人も亡くなってしまったようです。

私の実家は、母屋なので、その人たちの法事をします。だから、誰が亡くなったという情報はあるのですが、どうなって、なくなったかは分かりません。

とにかく、まえのときは子供たちも小さかったし、仕事もなかったので中国に帰りましたが、再度、日本に帰りたいという手紙でした。

その返事を、文通相手の彼女に書いてもらうことにしました。

続きはまた明日。



文庫本 いろいろ | コメント(0) | トラックバック(0)2006/12/02(土)11:29

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